2024年05月07日

ウブド滞在34目にして思うことは、日本に帰国!(534)

IMG20221217174518.jpeg


二度と帰るつもりのない決心で、日本を脱出した。 
 
日本を離れ、終の住まいを探す旅だ。

最初に訪れたのがバリ島。

2日目には、ウブドに居た。

1990年5月7日、私はウブド滞在を初めた。

42歳の春です。

今年2024年で、34年目ということででいいですよね。


バリ島は常夏。

日本から来たひとりの中年バックパッカー。

節約旅行の長期滞在なので、ホームステイに居を構えた。

初めての訪問地で、当然、知り合いはいない。

宿の家族とは、すぐに仲良くなった。

散歩の途中で声を掛けてくる村人とも、顔見知りになった。

村人とは仲良くなっていくが、日本人の知り合いはいない。

滞在が長期になっていくうちに、宿で知り合う日本人や、ナイトマーケットで知り合う日本人が増えていく。

しかし、ほとんどが数日で離れていくバックパッカー。

節約旅行を終えて日本に戻る人、これから旅が始まる人。

チェンマイ、ベトナム、インドと行き先はマチマチだ。

世界一周旅行に出発した若者もいた。

夢を抱いた彼らの旅は、まだまだ続く。

中期滞在者と知り合った私は、島内を旅した。

当時、入れ替わり立ち替わりで20名ほどの日本人がいただろうか。

30数年前のバリ。

楽しかった。

ジェゴグを知ったのは、この時だ。

多くの旅行者を見送った。

「また、帰ってくるから!」涙を浮かべての約束でも、あてにならないことを知る。


こうして、ウブドに沈没。

国外退去も辞さない覚悟の旅行者なので、何も怖くない。

長期滞在を考えた時には、偽装結婚も考えた。

労働ビザを取得せずに、居酒屋・影武者を営業。

イミグレに脅された時には「逮捕してくれと!」叫んだ。

不良外人だった。

今は改心して、自称模範ツーリストである。

30年滞在すれば永住権を取得できるかもしれないという期待は、みごとに裏切られ、諦めざるを得なくなった。


そして34年目に考えたことは、日本帰国だった。

33年間、四季を体験せずに暮らしてきた。

日本帰国も私にとっては、旅の続きという考え方。

不安も多いが、旅だと思えば我慢もできるだろう。

7月25日で77歳の喜寿だ。

寿命は80歳までと、考えている。

あと3年。

もう少し生き延びそうで怖い。

これまで、バリの神々に守られてきたかのように、運良く生き永らえてきた。

日本に帰らない決心をしたウブド生活だったが、体力的に不安になり、金銭的にも最悪。

もう仕事ができる能力もないので、日本帰国にさいしては、生活保護の恩恵に預かろうと考えています。

死ぬこともままならない、路上生活者になる自信もない。

知人には、生活保護を受けることは、公言しないほうがいいですよと、アドバイスされたが、それは私の本心ではない。

今回は、ウブドの戻らない覚悟で本帰国です。

本人的には、そんなに悲観的ではないので、心配無用です。

若いからこそできた人生。

年寄りには年寄りの楽しみ方があるはず。

それを探そう!

パソコンが使えなくなって、SNS等の更新できなくなるかもしれませんので、ご容赦ください。

posted by ito-san at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする