久しぶりに脳みそを使ったのが禍いして頭痛になり、途中となってしまった「集落の形成」の続きです。
それでは、寺院より北部のテガランタン村を探索してみることにしよう。
ダラム寺院前の広場は、仮埋葬場と火葬儀礼の時には火葬場となる。
以前、オダランでの「チャロナラン舞踊劇」で、悪霊ランダに扮したプマンク(僧侶)がクラウハン(神が降臨する)したのを目撃したのは、このダラム寺院だ。
ランダは舞台を飛び出し広場に向かって走り出し、盛り土して少し高くなったところ(火葬場)に立つと、くぐもった声で叫ぶように話し始めた。
私はしばらくして家に帰ってしまったが、このあと村の行方を解く話が2時間ほど続いたそうだ。
このプマンクが「居酒屋・影武者」の建築工事を仕切った大工の棟梁だと知らされて、私は2度驚かされた。
当時でも、すでに高齢だったが、あの走りはとても老齢者には見えなかった。
寺院群から北の狭い範囲がテガル、そこから村外れまでをパチュンと村人は呼ぶ。
理由は「昔からそうだった」だった。
大家のパチュン君の本家は、パチュンと呼ばれる集落にある。
そんな理由から、彼の名前は命名されたのだろうか?
しかし、名前の由来はわからない。
小学校から南のテガランタンは隙間無く家々が並んでいるが、テガル、パチュンと呼ばれる地域は田んぼに挟まれて点々と民家がある程度だったところに、今は外国人の住む家、建築中のヴィラがいくつか見える。
陶芸家の知人のアトリエと、ウブドが好きで滞在を始めた知人夫妻の屋敷もこの地域にある。
最近、評判?のアナンダ・アシュラム(Anand Ashram)も・・・。
プルサダ寺院(Pura Purusadha)が集落の北端。
この寺院は、この村に住むデワ家の親族集団の寺院。
2キロに満たない地域に、150家族、およそ800人ほどの村人が生活している。
これが私の滞在するテガランタン村だ。
【付録】
※テガランタン村の隣は、ジュンジュンガン(Junjungan)村。
4月16日から4月24日まで、ダラム寺院ジュンジュンガンで50周年のオダランが執り行われた。
境界線に、オダラン予告の垂れ幕とベニヤ作りの割れ門が設置された。
※境界線を越えてすぐ右手に「NOT FOR SALE」の文字が見える。
近年、外国人やジャカルタの富裕層が、この静かな地に、ヴィラを建て始めだした。
売って欲しいという人が頻繁に訪れるのに業を煮やした村人が、写真のような看板を立てたようだ。
このあたりには今も、ホタルが乱舞すると言われるライス・フィールドが残っている。
夜になると、地元の若いカップルのデート・スポットになる。
2013年05月08日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

