ホテルが建つと言われている空き地(テガランタン村への道程(21)で紹介)の前を通ると、雑草が刈り取られていた。
いよいよ、ホテルの建築工事が始まるようだ。
何もない空き地だとばかり思っていたら、工事途中の寺院や建物、貯水タンクのタワーなどの形跡が残っている。
以前は、村人が住んでいたということだ。
この話をパチュン君にすると「あそこの家族は、今、ギャニアールに住んでいる」と教えてくれた。
家族にどんな事情があったかわからないが、土地を売って転居してしまったのだ。
バリ人が屋敷を手放すということは、よほどの事情があったのだろう。
「彼ら家族のガベン=火葬儀礼は、サヌールにある火葬場ですることになる」とパチュン君。
バンジャールの構成員だが、ほとんど参加していないのでテガランタン村では火葬儀礼は出せないそうだ。
バリ人のもっとも重要とする火葬儀礼が、村で執行されないのだ。
それはバリ式に考えれば、死者の霊が浄化されないということになる。
バンジャールに所属していないバリ人は、バリではバリ人でないと同様だと聞いたことがある。
彼らは今でも、バリ人の信仰するヒンドゥー・ダルモの教徒なのだろうか。
転居先に家寺は建てたのだろうか。
人ごとながら、心配になる。
火葬儀礼と言えば、アパ?のスタッフ、ワヤン君の話も悲惨だった。
ワヤン君の家は、ペジェン村にある。
ある年の合同葬儀の日のことだ。
この日は、ワヤン君の家族にも火葬儀礼があった。
バデ(死体を運ぶ神輿)が火葬場に運ばれる。
しかし、途中でバデが道端に打ち捨てられてしまった。
村人が、ワヤン家の火葬儀礼を拒否したのだ。
昔、ワヤン君の家系はペジェン王族の仕事を中心にしていて、村の相互扶助に参加することが少なかった。
その遺恨が今頃になって、噴出したのだ。
そのあとワヤン君の車は村人によって壊され、屋敷には深夜まで投石が続いたとのこと。
家族は危険を感じ、ギャニアールに一時避難した。
警察が介入し金銭的解決をしたが、遺体は、サヌールにある火葬場で荼毘に付したそうだ。
バンジャール組織の係累の強さを物語る事件だった。
「あの時は怖かったけど、今はもう大丈夫です」とワヤン君は語る。
ちなみにバンジャールに所属していない私たち外国人が成仏した場合は、ヌサドゥアにあるカトリック教会が所有する火葬場で荼毘に付すことなる。
遺体は、村に戻ることは許されず、病院から火葬場へ直通だ。
これも、バンジャールの掟だ。
※《極楽通信」・バリ島見聞録》:
「バンジャール(Banjar)」
「火葬儀礼(ガベン=Ngaben)」
「合同葬儀(Ngaben Masal)」
も読んでください。
2013年05月10日
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