この村には、これと言って観光するものはないが、バリの村としての機能を見ることはできる。
パチュン君に「テガランタン村のパワー・スポットはどこですか?」と訊いてみた。
「ダラム寺院前にある大きな樹がそうだよ」と教えてくれた。
さっそく、行ってみることにした。
ダラム寺院の前には、大樹が左右に聳えている。
以前、私が奉納舞踊をしたのは、この大樹と寺院の間にあった村道だ。(2013年05月06日:■神々に捧げる踊り(24))
向かってその左手の大樹が、テガランタン村のパワー・スポットだ。
小さな祠の前に腰を下ろすと、清らかな風が頬を撫でた感じがした。
山側(北)に足を伸ばすと、屋敷前にひとりの老人が腰を下ろしていた。
頭の白い布は、プマンク(専属僧侶)の巻き方だ。
「私がバリ人の見本ですよ!」とでも言うように、私が想像するバリ人の風貌がそこにあった。
手には、闘鶏(タジェン=tajen)用と思われるが鶏が大事そうに抱えられている。
老人は、両手で鶏の身体をしごいている。
私は、この長閑な風景を写真に残したいと思った。
インドネシア語で「写真を撮らせてください?」とカメラを手にして訊くと、老人は鶏を籠に戻し立ち上がり「オランダ?」と訊ね返しきた。
私が、侵略者のオランダ人にでも見えたのだろうか。
70年も昔の話、いくらなんでもそんなはずはないだろう。
老人の表情が硬いので、私は怒っているのだろうかと不安になった。
バリ語をまったく理解できない私は、ただニコニコするだけだ。
私のインドネシア語の「ダリ ジャパン」が理解されないので「ニッホン」と言い換えると、老人は理解したのか「ジャパン」と発音した。
部外者の出現が迷惑なのだろうか、どことなく迷惑そうな表情は取っ付き難いが、それに臆せず「写真を撮ってもいいですか?」と再び訊ねると、「この鶏(混合色)が3度勝った」「この鶏(白色)は2度勝っている」「これ(白色)は、まだ試合に出ていない」と、少し和らいだ表情で教えてくれた。
私は、鶏を抱えるジェスチャーをした。
老人は座り直し鶏を籠から取り出した。承諾してくれたようだ。
カメラを向けると、真剣な表情になった。
写真を撮っていると、向かいの家の住人が鶏を手にして現れた。
さっそく、模擬闘鶏の開始となった。
家に帰って、パチュン君に写真を見せると「この人はプセ寺院のプマンクです」と教えてくれた。
あとから現れたおじさんは、運転手の仕事をする公務員らしい。
近々、どこかで闘鶏があるようだ。
こんなバリ人の日常が、散策していると見られる村だ。
※極楽通信・UBUD
タジェン(闘鶏)
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