2015年10月01日

封印した過去(92)

ボゴタ滞在も終わる。

いよいよ、コロンビアを離れる日が来た。

今回は、さまざまなことを考える旅となった。

ウブドに戻る前に、日本に立ち寄る。

滞在は短期間の予定。

孫と遊べたらいいなと思っている。

キャッチホールでもしようかな。

息子の洋祐に、グローブを用意しておくように連絡しよう。


洋祐とキャッチホールをした、遠い昔の日々が思い出される。

彼が8歳になるまで、一緒に遊んだ。

小さな公園巡り、長島スパーランド、ディズニーランド、銭湯、海に、山に、キャンプ、スキーetc。
上海&北京の旅もした。

ほんとうによく遊んだ。

9歳までの子育ては、親子で遊ぶことと決めていた。

子育てがメインで、仕事は二の次だった。


1990年からの25年間、彼の成長を見ることができなかった。

悔いが残る。

私の人生は、あと何年だろう。

共有できなかった25年間と同じ年月を所有しようとするならば、17年が必要だ。

85歳まで生き延びる自信はない。

たとえ生きられたとしても、切断された時間は埋めることはできない。

私の心にポッカリ空いているのは、あるはずの彼との生活だった。

25年の間、この子はどんな生活を送っていたのだろう。

オヤジがいないからといって、辛い思いをすることはなかったと思うが、気になる。

反抗期、思春期に立ち会えなかった。

体力的にオヤジを越した自分を体験させてやりたかった。

彼の喜怒哀楽を、ひとつひとつ感じたかった。

オヤジの能力全開で、子供と向き合う時間。

そばに居て、受け止めてやりたかった。


私が家を出た日、彼は私の車のあとを追ったそうだ。

まったく気づかず、私はひたすら前を向いて車を走らせた。

振り返る余裕もななった。

・・・・・・・・・

涙を流していたから。

彼のそんな姿を見てしまったら、脳裏に焼き付いて離れなかっただろう。

それでは、私の日々が更に辛くなっていただろう。

その後何日も道端に立ち尽くす姿を見たと、母親は言っていた。

家庭裁判所からの判決は、洋祐がお父さんに会いたいと思うまでは、会ってはならないことなっている。

それは何年先なんだ!

私は、彼との過去を封印した。

過去を振り返らない人生を送るようになっていた。


何も覚えていない

何もかも忘れた

過去を振り返らなくなった

思い出すのが怖くて封印した過去

寂しくないかいって

いやいや、思い出すのが辛いから封印したんだ


いつ断ち切られてもいい生き方をしてきた。

先のことを考えることもなかった。

遣り甲斐、生き甲斐がなくなった、68歳。

このままだと“ひきこもり老人”になってしまうかも。

残り少ない生涯、どうやって生きようか考えている。

まずは、洋祐と話をする時間を作りたい。

封印した過去を取り戻す為の時間。

そして、孫が2人になった洋祐一家のお爺ちゃんとして認めてもらおう。


※ボゴタは、興味が芽生える場所だった。

まとまり次第、ブログにアップします。

しばらくお待ちください。


posted by ito-san at 00:42| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
♪なつかし〜いなつかしいあのリズム エキゾチックなあの調べ オリエンタルの・・♪ 私が幼いころ母がよく歌っていました。しばらくして母は亡くなりました。父は妹だけ連れて私を母の姉夫婦のもとへ手放してしまいました。ある日、この曲を流しながら色とりどりの風船をいっぱいつけたオリエンタルカレーの宣伝カーがやって来ました。そのあとを付いて行きました。何処まで付いて行ったのか、どこをどうして帰って来たのかは記憶にありません。(息子さんの姿に自分を照らし合わせてしまいました)今息子さんは人一倍家族をだいじにされて、誰よりも家族の幸せを感じていらっしゃるでしょう。 別れた父は、いつでも私にとって瞼の父でした。息子さんとお孫さんとキャッチボール楽しんでくださいね!11月初旬にまたウブドに行く予定です。運よくお目にかかれたら幸いです。ブログ汚しですみません。
Posted by mirumama at 2015年10月02日 09:38
mirumamaさんへ

各人各様に、過去があるんですよね。
私の息子は、片親になってしまったのですが、私は片親ではなかった。
友人・知人に、かなりの確率で片親の人が多いようです。
子供を片親にした、友人・知人も多くいます。
言わないだけで、意外と片親が多いのにビックリしています。
片親の方が良い場合もあるので、一概に可愛そうとは言えないですね。
内容にもよりますが、辛かった体験を表情に出さず、大切な思い出として保存できる度量。
この世に血の繋がった親は、2人だけ。
歳を重ねるごとに、親を許す寛容さが増してくるようです。
別れた親との再会を望んでいる友人・知人が増えている。
我が息子も、私との生活を望んでくれていると信じています。
Posted by ito-san at 2015年10月06日 16:35
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