田を耕していると集まってくるココカン(kokokan)。
ココカンは、バリの白鷺のこと。
せわしなく餌をついばむ姿に、しばし時間を忘れる。
バリの風物詩に、ココカンがV型の編隊を組んで飛ぶ姿がある。
青空に、ココカンの羽が銀箔のように輝く。
夕焼けを浴びながら帰ってくる群れもある。
それはそれはウットリする風景だ。
幸運にも、ウブドは編隊が通過する上空の近くにある。
ココカンは、ウブド北部のプトゥルゥ(Petulu)村に生息している。
それも並の数ではない。
一時期には、一万五千羽が住み着いていたという。
沿道の樹々に、緑の樹が白くなるほど鈴なりだ。
その光景は壮観だろうが、道路は彼らの排泄物で真っ白。
通過する車とバイクにも、容赦なく糞爆弾は落とされる。
私もヘルメットや上着に、何度も直撃を浴びている。
歩きの場合は、傘をさした方がよいでしょう。
美しい光景の対極には、醜い光景が存在するのか。
ココカンがプトゥルゥ村に住み着いた話は、
「ウブッド十字路の番人〜バリ島今昔譚〜・霧の探訪者」(マディ・クルトナゴロ 著・武内邦愛 訳)に載っている。
白鷺が登場するのは「第二章 女神の使い ー 白鷺。
この不思議な出来事が起こったのは、1965年の11月7日のこと。
『鳥たちは風を切って飛び、プトゥルゥ周辺を旋回した。
白鷺は人間の愛を求め、プトゥルゥの村人たちは愛と平和をもって両腕を広げ、彼らを歓迎した。
村の上空を旋回した後、王である黒鷺に統率された白鷺たちは安全な木の上に身を落ち着け、それぞれにその美しい姿を休めた。
これが人間と自然の間の愛の神秘なのだ。
こうのよにして、女神の使いである白鷺の群れはプトゥルゥ村に住み着いた。
鷺たちの生活とプトゥルゥの住人たちの生活が一つになることは、女神のお望みだった。』
ココカンは、朝になって太陽が輝きだすと、満足するまで日光浴をする。
それから、クルンクン、スカワティ、デンパサール、タバナンと様々な方向に、思い思い飛び立って行く。
風向きによっては遠くシンガラジャまで行くものもいる。
夕暮れ前の午後5時、彼らは再びプトゥルゥへと集まってくる。
時には自分たちや子供たちの餌に、蛙やウナギをくわえてくるものもいる。
「ウブッド十字路の番人〜バリ島今昔譚〜・霧の探訪者」より抜粋。
プトゥルゥ村の起源も興味深いのでメモした。
「第一章 霧の探訪者 ー プトゥルゥ村の起源」
今から五百年前・・・・。(※14世紀末 ゲルゲル朝の始まりの時期だと推測する)
クルンクン王国の王様に「肉体的、精神的な傷を癒すという聖なる水を探せ」と命令される。
命令されたのは、クシャトリヤの青年(?)イ・グデ・グナッサ。
彼の苦難の旅が始まる。
この続きは、本をお買い求めください。
ココカンは「神様の使い」の鳥として、今でも大切に保護されている。
HORON SANCTUARY(白鷺生息地)として、ウブド近郊の観光地の一つ。
入村時に保護費を支払う。
さあ、出かけてみよう。
と言うことで、次回はプトゥルゥ村からのレポートです。

