バイク事故から、まる4ヶ月が経った。
事故直後、現場近くのホテルの青年スタッフが、親身になって世話をしてくれた。
その時のことは、まだ記憶に新しい。
バイクが横転した状態から素早く抜け出し、エンジンを止めた。
ここまでは冷静で速やかな行動だった。
立ってはいるが、全身が痛みで悲鳴をあげている。
死にいたるような怪我ではないのは、わかる。
何をどうしていいのやら判らない状態で、呆然としている。
後方、15メートルほどのところで、ガンという音がした。
振り返ると、私にぶつかったバイクが倒れていた。
音を聞きつけた人々が、ワラワラと現れる。
一人の青年が「大丈夫ですか?」と、私に声をかけてくれた。
あとの数人は、後方のバイクに向かったようだ。
私は、返事をしたのかどうか覚えていない。
右手からは、血が滴り落ちていた。
リュックから日本手ぬぐいを出して傷口を縛った。
手ぬぐいは、すぐに真っ赤になった。
青年は、私のバイクを起こし、押していった。
私は、彼のあとについていった。
近くのホテルの駐車場まで運んでくれた。
「ここに座ってください」フロントの椅子を指差した。
青年の服装を見て、ホテルのスタッフだと理解した。
ホテルのエントランスを汚すわけにはいかないので、中に入ることを拒んだ。
道路に面した方に向かい、エントランスの段差に腰を下ろした。
少し気持ちが落ち着き、全身をチェックする余裕ができた。
手ぬぐいを解き右手甲を見ると、小指と薬指の間の切り傷がかなり深いのが見えた。
出血は、ここからだ。
右手ヒジ、左右の足のヒザ、左右の足首に擦り傷がある。
打撲もしているようだ。
重傷というわけではない。
安心をしたら、状況が見えてきた。
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
私はスマホを取り出し、友人に迎えに来て欲しいと伝えた。
青年がミネラルウォーターを差し出した。
これで傷口を洗えと言っているのだ。
私は、彼の好意に甘えることにした。
渡されたミネラルウォーターで傷を洗う。
「友人が迎えに来るまで、もうしばらく、ここにいさせて欲しい」と頼んだ。
次には、消毒用に、赤チンを持ってきてくれた。
化膿の応急処置を施してくれている。
どこまで親切なスタッフだ。
赤チンを傷口にかける。
傷の痛みで、赤チンのしみる痛みを感じない。
青年は、友人が迎えに来るまで、ず〜と側にいて、心配してくれた。
床の汚れもそのままに、私はバイクを運転して「和食・影武者」に向かった。
世話をしてくれた青年に、まだ、お礼をしていない。
青年にお礼を述べておかないと、見舞いの寄付をしていただいた人々の暖かい行為に背くことになるような気がする。
それよりも自分の気持ちが許さない。
ほとんど毎日、時には昼夜の2度、青年の勤めるホテルの前を通り過ぎる。
気になっているので、前を通る時には必ず覗くようにしている。
横見は危ないけどね。
青年の顔が見えたら声をかけようと思っているのだが、未だに姿を見かけたことがない。
こうして、4ヶ月が過ぎてしまった。
記憶が色あせてしまう前に、是非、お礼を伝えたい。
シフト勤務で、会えないかもしれないが、伝言だけでも置いていこう。
皆んなで分けられるように、人気店のケーキを買って持ってホテルを訪れた。
フロントにいた青年は、事故の時に世話をしてくれた青年に似ている。
「4ヶ月前、ここの前でバイク事故をした者ですが」
青年は、覚えていてくれたようで「あの時は、私だったです」と、顔をほころばせた。
「傷は大丈夫ですか?」
さっそくケガの心配をしてくれる。
「ありがとう。すっかり良くなりました」
私は、何度もお礼を言った。
これで、思いがけずおこった災難の区切りがついた。
青年の名前は、エディ君。
出身は、クルンクン県パクサバリ村だった。
毎年クニンガン祭礼日に繰り広げられる「喧嘩神輿」で有名な村だ。
私は、何度も見学に行っている。
次回の喧嘩神輿は、エディ君の勇姿を見に行こうかな。
そんな約束をして別れた。
エディ君の勤務先は「yoga ubud villa」
▪︎Address: Jln.Sri wedari no.999 ubud-Bali
▪︎TEL:+62 361 9082525
▪︎Email:booking@yogaubudvillas.com
▪︎Web:www.yogaubudvillas.com

