2018年10月15日

その1・突然、思い立ったように小旅行(278)

10月10日は、ウブドのサレン王宮で結婚儀礼が執り行われる予定だ。

10日から数日間、王宮を中心として地域で混雑が予想される。

私は渋滞を避けて、遠征に出かけることにした。

反時計回りで、3日間ほどでバリ島を一周しようと思っている。

先ずは、バリ東部の街・カランガッサム県の州都アンラプラに向かう。

もちろん、愛車のスクーピーを駆って。

途中、ゴア・ラワ(Goa_Lawah)でケツ休め。

Goa_Lawah1.jpg

朝8時30分に家を出て、2時間ほどでアンラプラの街に着いた。

この小旅行は、大きな街の市場を巡りたいと考えている。

今日は、ここで1泊するつもりだ。

たっぷり時間を取って、旧市街を1日散策をしたい。

カランガッサム王宮と市場の周辺で宿を探したが、見つからない。

一足進んでウジュン村にある「水の王宮跡」に行ってみた。

1921年、カランガッサムの王によって建てられた「水の王宮」。

1979年の地震により、多大なダメージを受ける。

2004年に史跡公園として整備された。

正式名称「タマン・スカサダ・ウジン=Taman Soeka Sada Ujung」。

何年ぶりに訪問か考えるのも億劫になるほど遠い昔のことだ。

突然に思い立ったこの小旅行は、絶好の機会と立ち寄ることにした。

駐車場にバイクを止め、料金場で入場料を払う。

駐車料:バイクのRp2000-、車Rp5,000-、バスRp10.000-。

入場料:Rp50,000-

ujung1.jpg


ヨーロッパの庭のような、すっかり綺麗になった公園を散策できる。

ujung2.jpg

柱だけが残った遺跡。



昼食にはまだ時間があったが、少々小腹が空いたので、何か補充をしておこうと駐車場前のワルンに入った。

選択肢のないメニューで、インスタント・ラーメンを食す。

ワルンの主人の話では、奥様が以前、トゥンクラ村で日本人のベビーシッターをしていたという。

私の知っている日本人だった。

「このあたりに宿はないですか?」と尋ねると、主人は「アメドまで行けば安宿はあるよ」と教えてくれた。

アンラプラに戻るのを諦めて、先に進むことにした。

海岸沿いを走ってアメドに向かう。

アメドに近づくにつれ、ホテルが増えてくる。

ここはバリ東部のリゾート地域。

リゾート気分ではないので、漁港アメドまで、いっきに駆け抜ける。

右手に広がる景観をチラ見しながらの走行は、かなり危険です。

アメドには安宿らしいところがあるが、いかんせん、ダイビング目的のツーリストが闊歩しているのでスルーした。

今回は、ロスメンと呼ばれる商人宿に泊まろうと決めている。

もちろん料金が安いからだが。

時間は午後1時。

このまま、ブレレン県の州都シンガラジャまで行こうか。

旅の目的である「各街の市場を巡り」の計画が、崩れつつある。

心が、東ジャワのバニワンギに傾き始めた。

行き当りばったりが私の旅行スタイル。


昨年9月のアグン山の噴火以降、東側はアグン山から6キロの地域内は、立ち入り禁止になっていた。

今年に入って噴火警戒レベルが3に下りで、危険区域が4キロの範囲までに縮小されている。

アメドからシンガラジャに向かう一部地域が、6キロ圏に含まれていて、それまでは走行できなかった。

トランベン村にあった日本人経営のホテルが廃虚となっていた。

アグン山噴火より以前に閉店していたようだ。

このあたりの風景は、ウブドの豊富な緑を見ている私には、サバンナのような殺伐さを感じる。

以前、「極楽通信・UBUD」で「もうひとつのバリ」と紹介したことがある。

アグン山の麓付近で、煙が立ち込めていますが、山火事でしょうか、水蒸気の靄でしょうか?

噴火の爪痕は、見られない。

動画を御覧ください。



★続く



posted by ito-san at 17:06| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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