2020年01月12日

懺悔の回顧録・一目惚れ(338)

彼女との一番の思い出は、出会いだ。

社会人(24才)となって初めて勤めた会社は、空間設計の事務所だった。

その会社には、3年間勤めた。

宮仕えは、これが最初で最後の経験。

この日、愛車Nコロ(ホンダの軽自動車・N360)が故障して、会社へは市バスで出勤した。

朝のラッシュのバスに乗るのは、初めてだ。

一日の疲れた身体を引きずっての帰宅もバス。

起点駅からビジネスマンやビジネスウーマンで、ギュウギュウ詰めになった。

車内は、人いきれで息苦しい。

私の下車駅は終点のふたつ手前で、1時間ほどかかる。

車窓からは、夜の闇しか見られない。

吊り革につかまり、居眠りするために目を閉じた。

風を感じて目を開けた。

行程の中間地点の駅で、乗客の半数ほどが降りたようだ。


吊り革に身体を預けている、ひとりの女性に魅せられた。

背の高いスリムな姿にパンタロンが似合っていた。

そこだけに、スポットが当たったようにクローズアップされている。

愛車が故障して、仕方なく乗ったバスに乗り合わせた女性に、運命の巡り合わせを感じた。


乗降口の近くのひとり席に、彼女は腰を下ろした。

彼女の全身が見えなくなったのは、残念だ。

乗客がまばらになった車内で、私は、どう声をきっかけを作ろうか悩んでいる。

彼女は仕事をしている女性に見える。

きっと、通勤にこのバスを使っているのだろう。

彼女に会うために、この時間帯のバスに乗ればきっかけはできる。

しかし、私は明日からNコロ出社だ。

このチャンスを逃してはいけない。

私の高揚感を今、伝えたい。


空席が目立つのに立っているのは不自然だと、私は最後部の座席に腰をおろした。

ここからなら、彼女の姿が見える。

終点に近づくにつれて、乗客は減っていく。

彼女に、降りる気配はない。

私は、次の駅で降りなくてはならない。

バスが止まり、自動ドアーが開いた。

彼女は降りない。

私も降りなかった。

次の駅でも、彼女は降りなかった。

この次は、終着駅だ。

彼女が降りた。

私は、そのあとに続いて降りた。

今のご時世なら、ストーカーと言われてしまうような行動だ。

そんな常識には、かまっていられない。

私は、彼女の背中を見ながら、どう声を掛けたものか悩んでいる。

家路を急いで、乗客2〜3人が追い越していった。

彼女は、私のことをまったく気に掛けず、前を歩いている。

こんな暗闇で後ろから声を掛ければ、彼女はきっと、怖がって逃げてしまうだろう。

あきらめよう、という心とは裏腹に、私は声を掛けていた。

「あの〜、すみませんが、お茶でも飲みませんか?」

彼女は、ビックリした顔で振り返り、私を覗くようにして見た。

しばらくの間をおいて、彼女の口から「いいですよ」の幸運な言葉が返ってきた。

2人は、バス停近くに1軒しかない小さな喫茶店に入った。

北海道出身だということ。

東京の高校を卒業したこと。

名古屋の有名ブティックに就職したこと。

最終のバスがなくなるまで話をした。

喫茶店の閉店を告げられ、支払いをしようと財布を開いた。

恥ずかしい話だが、財布にはお金が入っていなかった。

「ごめんなさい。お金持っていないので、おごってくれる」

なんて、ず〜ず〜しい奴だと、彼女は思っただろう。

このあと、連絡先を聞いて、私は2駅を歩いて家に帰った。

この機の逃してはというあせる気持ちが、私をこんな恥も外聞もない行動にさせたのだろう。

これは一目惚れ。

彼女が18才の春だった。


続く・


posted by ito-san at 23:29| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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