2022年07月31日

ウブドに沈没F・巡回映画に興奮した話(444)

変則十字路角の二重屋根の大きな建物の壁に、映画の垂れ幕がかかっていた。

建物は村の多目的ホールのようで、たまに巡回映画の会場になるようだ。

映画は、週2回上映されている。

インドネシア映画がほとんどだが、時々、海外からの映画も上映される。

インドネシア映画が500ルピアで、外国映画は1000ルピア。

娯楽らしい娯楽のないこの村で、映画は村人の数少ない娯楽のひとつだろう。




今夜の映画はインドネシア物だ。

建物は竹で編んだ壁に囲まれていて、中の様子を見ることはできない。

幅2メートル、奥行き1メートルほどの小屋が、道路に面した歩道に建っている。

チケット売りの小屋だ。

小屋には、ワット数の小さな豆電球がひとつ、小窓を照らしてぶらさがっている。

どことなく、パチンコ店の現金引き換え場のような雰囲気だ。

数人の村人が近くにたむろしているが、映画を見に来た人かどうかはわからない。

小屋の前に誰もいないのを確認して、小窓に500ルピアを掴んだ手を突っ込んだ。

すぐに、左右から地元の若者の手が小窓に差し込まれた。

いつのまにか、集まっていたのだ。

お金を渡したのはいいがチケットを手にすることができるのか、不安になってくる。

チケットが手に入らなくても、言葉ができないので文句の一つも言えない。

心細くなったが、手は引っ込めなかった。

しばらくして、掌に小さなチケットがのせられた。

粗末なチケットを手にして、スゥエタ通り沿いにある入り口に向かう。

扉も、やはり竹で編んだ素材が使ってある。

素朴というよりは、これも粗末と言っていいだろう。

扉の前に立っている青年に、チケットを手渡した。

脇で大きな発電機が、村の静寂を破る無粋な機械音を出してうなっている。

青年はチケットをもぎり、半券を返すと扉を開けてくれた。

終戦直後のサーカスか見せ物小屋にでも入る気分だ。

中に入ると、左手の壁に取り付けられた大きなスクリーンが、風にかすかに揺れていた。

椅子は教会にあるような背もたれのついた長椅子だ。

どれもこれもが、どこか壊れている。

右手の3分の1ほどがステージのように一段高くなっていた。

その上には、重々しい竹の椅子が並んでいた。

開演の時間にまだ早いのか、5分の1の入りだ。

満員になれば、200人は入るだろう。

天井高く取り付けられた蛍光灯が青白い色を発し、場内にうらさびれた雰囲気をにじませている。

わたしは、ステージの前を中央に進み、壊れていない長椅子を選んで腰掛けた。

よく見ると、屋根近くの梁部分に壁がない。

すきま風が入るのだろう、正面のスクリーンが大きく揺れた。

なんとなく微笑ましく思われ、顔がほころんだ。

上映される映画は人気があるのか、しばらくすると場内は100人ほどで埋まった。

客は、小学生くらいの少年から30前の青年男女がほとんどだ。

少年たちは皆、タバコを吹かしている。

誰もそれを咎めようとしない。

日本なら、警官か生活補導の先生に注意されるだろう。

場内はタバコの煙りが煤煙のように不健康に霞んでいる。

タバコを吸わない人にはもうしわけないと知りながら、他人の吐いた煙を吸うよりはましだろうと、わたしもグダンガラムに火をつけた。


王宮からガムランの音が聞こえてくる。

芸能のパフォーマンスがはじまったのだ。

発電機のまわる音が耳障りだ。

映画の内容は、まったく理解できなかった。

ひんぱんに蛇の出てくる恋愛物語だった。

フイルムは傷だらけで、映画は途中でよく切れる。

そのたびに観客は、ヤジをとばす。

時には、火のついたタバコをスクリーンに向かって投げつける。

前席の客の頭に、火のついたタバコが落ちたのを見た。

当たった人は、困った顔を見せたが喧嘩にはならなかった。

わたしだったら、どうするだろうか。

持って行く先のない怒りを、振り返って闇雲に睨み付けるだけだろう。

観客は映画の内容を期待しているより、この場の雰囲気を楽しんでいるようにみえる。

つまらない映画に嫌気はさすが、わたしもこの場に雰囲気を楽しむことにした。


※この巡回映画は、まもなく廃止になった。

なんでも、子供に与える影響を考えての措置らしい。

ウブドは芸能の村。

子供たちが、伝統芸能に興味を持たなくなってはたいへんだというのが、理由らしい。


もうすでにテレビが普及しはじめ、そんなことで歯止めはできないだろう。

州都デンパサールへ行けば、首都ジャカルタとはいかないまでも、かなり文明は入ってきている。

止めるのではなく、理解したうえで自分たちの芸能に興味を持って欲しいものだ。


[極楽通信・UBUD:バリ島滞在記「ウブドに沈没」//7月・12) モンキーフォレスト通り]
http://informationcenter-apa.com/ubud-chinbotu12.html

posted by ito-san at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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