2022年09月11日

グヌン・ルバ寺院(Pura Gunung Lebah)の歴史メモ!(454)

前回のブログ「ウブドのルーツを巡る(最終回)グヌン・ルバ寺院@ Campuhan・Ubud(453)」と重複しますが、言い足りない箇所と、見ていただきたい動画があったので、投稿させていただきました。


グヌン・ルバ寺院の歴史は、高僧ルシ・マルカンディアの登場する8世紀から始まる。

高僧ルシ・マルカンディアについては、こちらで。
http://informationcenter-apa.com/kb_markandeya.html


マルカンディア一行は、光りとエネルギーに引かれるようにして、ジャワ島からバリ島西部に渡り、その後中心部に向かって進んだ。

途中、2つの川が合流する美しい渓谷が目にとまる。

谷あいから眺めると、まわりを小高い丘に取り囲まれた、深い渓谷だった。

一行はこの地に留まり、疫病や怪我を癒し、骨を休めることにした。

マルカンディアは、この地を立つ時、2つの川がY字で合流する鋭角地点に寺院を創建した。

寺院の名称は、小高い丘の意味を持つ「グヌン・ルバ寺院=Pura Gunung Lebah」。

グヌン・ルバ寺院は、バリ最古の寺院と聞いている。

寺院といっても、現在のような建築物はなく、シンボルとしての石が置いてある程度だっただろう。

瞑想の場でもあったと、想像する。

側には、従者たちが掘った石彫があったかもしれない。

案内板は「PAYOGAN AGUNG GUNUNG LEBAH」となっていた。

PAYOGANは、yoga(瞑想)から由来している。

Pr.gunung leba.jpg

この地に留まった従者は、豊富な湧き水の出る渓谷のほとりで生活を始めた。

多くの薬草があることを知る。

ウブドの村名の由来は、ウバット=ubad(薬草)からきていると伝えられている。


グヌン・ルバ寺院のオダランは、ウク暦の第一週(SINTA)の水曜日(RABU=BUDA) KLIWONに始まる。

この日は、パガルウェシ(Hari Pagerwesi)の吉日と重なる。

現在バリの寺院の多くは、ジャワ暦であるウク暦を使用している。
ウク暦:http://informationcenter-apa.com/kb_wuku.html

これはマジャパイトの末裔がバリに移り住みはじめた、16世紀半ばから普及している。

8世紀に建立された寺院の多くは、サコ歴で寺院祭礼が行われているはず。
サコ歴:http://informationcenter-apa.com/kb_saka.html

なのになぜかグヌン・ルバ寺院は、ウク歴を使用している。

どんな歴史的な事情があるのだろか。

マルカンディアの終着地は、タロ村だった。

グヌン・ルバ寺院からタロ村までの尾根伝いに、クリキ(Keliki)村にグヌン・カウイ寺院(Pura Gunung Kawi)、イエ・トゥンガ(Yeh Tengah)村にグムン・グンパル寺院(Pura Gunung Gempal)、ブロソロ(Braselo)村にグヌン・サリ寺院(Pura Gunung Sari)などを建立している。

このほかにも、この尾根伝いに、ゆかりの寺院は多い。


1990年:裏の丘が望める質素な寺院だった。
・Pura Gunung Lebah1990年代1.JPG

・Pura Gunung Lebah1990年代2.JPG


2013年:修復工事のため、寺院祭礼が2度行うことができなかった。
pura.gunung.lebah1.JPG

pura.gunung.lebah4.JPG


2015年12月1日:寺院祭礼風景



2015年12月7日:寺院祭礼風景




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posted by ito-san at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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