二度と帰るつもりのない決心で、日本を脱出した。
日本を離れ、終の住まいを探す旅だ。
最初に訪れたのがバリ島。
2日目には、ウブドに居た。
1990年5月7日、私はウブド滞在を初めた。
42歳の春です。
今年2024年で、34年目ということででいいですよね。
バリ島は常夏。
日本から来たひとりの中年バックパッカー。
節約旅行の長期滞在なので、ホームステイに居を構えた。
初めての訪問地で、当然、知り合いはいない。
宿の家族とは、すぐに仲良くなった。
散歩の途中で声を掛けてくる村人とも、顔見知りになった。
村人とは仲良くなっていくが、日本人の知り合いはいない。
滞在が長期になっていくうちに、宿で知り合う日本人や、ナイトマーケットで知り合う日本人が増えていく。
しかし、ほとんどが数日で離れていくバックパッカー。
節約旅行を終えて日本に戻る人、これから旅が始まる人。
チェンマイ、ベトナム、インドと行き先はマチマチだ。
世界一周旅行に出発した若者もいた。
夢を抱いた彼らの旅は、まだまだ続く。
中期滞在者と知り合った私は、島内を旅した。
当時、入れ替わり立ち替わりで20名ほどの日本人がいただろうか。
30数年前のバリ。
楽しかった。
ジェゴグを知ったのは、この時だ。
多くの旅行者を見送った。
「また、帰ってくるから!」涙を浮かべての約束でも、あてにならないことを知る。
こうして、ウブドに沈没。
国外退去も辞さない覚悟の旅行者なので、何も怖くない。
長期滞在を考えた時には、偽装結婚も考えた。
労働ビザを取得せずに、居酒屋・影武者を営業。
イミグレに脅された時には「逮捕してくれと!」叫んだ。
不良外人だった。
今は改心して、自称模範ツーリストである。
30年滞在すれば永住権を取得できるかもしれないという期待は、みごとに裏切られ、諦めざるを得なくなった。
そして34年目に考えたことは、日本帰国だった。
33年間、四季を体験せずに暮らしてきた。
日本帰国も私にとっては、旅の続きという考え方。
不安も多いが、旅だと思えば我慢もできるだろう。
7月25日で77歳の喜寿だ。
寿命は80歳までと、考えている。
あと3年。
もう少し生き延びそうで怖い。
これまで、バリの神々に守られてきたかのように、運良く生き永らえてきた。
日本に帰らない決心をしたウブド生活だったが、体力的に不安になり、金銭的にも最悪。
もう仕事ができる能力もないので、日本帰国にさいしては、生活保護の恩恵に預かろうと考えています。
死ぬこともままならない、路上生活者になる自信もない。
知人には、生活保護を受けることは、公言しないほうがいいですよと、アドバイスされたが、それは私の本心ではない。
今回は、ウブドの戻らない覚悟で本帰国です。
本人的には、そんなに悲観的ではないので、心配無用です。
若いからこそできた人生。
年寄りには年寄りの楽しみ方があるはず。
それを探そう!
パソコンが使えなくなって、SNS等の更新できなくなるかもしれませんので、ご容赦ください。
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