2024年05月07日

ウブド滞在34目にして思うことは、日本に帰国!(534)

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二度と帰るつもりのない決心で、日本を脱出した。 
 
日本を離れ、終の住まいを探す旅だ。

最初に訪れたのがバリ島。

2日目には、ウブドに居た。

1990年5月7日、私はウブド滞在を初めた。

42歳の春です。

今年2024年で、34年目ということででいいですよね。


バリ島は常夏。

日本から来たひとりの中年バックパッカー。

節約旅行の長期滞在なので、ホームステイに居を構えた。

初めての訪問地で、当然、知り合いはいない。

宿の家族とは、すぐに仲良くなった。

散歩の途中で声を掛けてくる村人とも、顔見知りになった。

村人とは仲良くなっていくが、日本人の知り合いはいない。

滞在が長期になっていくうちに、宿で知り合う日本人や、ナイトマーケットで知り合う日本人が増えていく。

しかし、ほとんどが数日で離れていくバックパッカー。

節約旅行を終えて日本に戻る人、これから旅が始まる人。

チェンマイ、ベトナム、インドと行き先はマチマチだ。

世界一周旅行に出発した若者もいた。

夢を抱いた彼らの旅は、まだまだ続く。

中期滞在者と知り合った私は、島内を旅した。

当時、入れ替わり立ち替わりで20名ほどの日本人がいただろうか。

30数年前のバリ。

楽しかった。

ジェゴグを知ったのは、この時だ。

多くの旅行者を見送った。

「また、帰ってくるから!」涙を浮かべての約束でも、あてにならないことを知る。


こうして、ウブドに沈没。

国外退去も辞さない覚悟の旅行者なので、何も怖くない。

長期滞在を考えた時には、偽装結婚も考えた。

労働ビザを取得せずに、居酒屋・影武者を営業。

イミグレに脅された時には「逮捕してくれと!」叫んだ。

不良外人だった。

今は改心して、自称模範ツーリストである。

30年滞在すれば永住権を取得できるかもしれないという期待は、みごとに裏切られ、諦めざるを得なくなった。


そして34年目に考えたことは、日本帰国だった。

33年間、四季を体験せずに暮らしてきた。

日本帰国も私にとっては、旅の続きという考え方。

不安も多いが、旅だと思えば我慢もできるだろう。

7月15日で77歳の喜寿だ。

寿命は80歳までと、考えている。

あと3年。

もう少し生き延びそうで怖い。

これまで、バリの神々に守られてきたかのように、運良く生き永らえてきた。

日本に帰らない決心をしたウブド生活だったが、体力的に不安になり、金銭的にも最悪。

もう仕事ができる能力もないので、日本帰国にさいしては、生活保護の恩恵に預かろうと考えています。

死ぬこともままならない、路上生活者になる自信もない。

知人には、生活保護を受けることは、公言しないほうがいいですよと、アドバイスされたが、それは私の本心ではない。

今回は、ウブドの戻らない覚悟で本帰国です。

本人的には、そんなに悲観的ではないので、心配無用です。

若いからこそできた人生。

年寄りには年寄りの楽しみ方があるはず。

それを探そう!

パソコンが使えなくなって、SNS等の更新できなくなるかもしれませんので、ご容赦ください。

posted by ito-san at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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