”過去と今”です。
過去は大きく分けて、二つ。
一つは、生まれてから42歳まで(1947〜1990)の日本での生活。
もう一つは、34年間のウブド滞在(1990〜2024)。
今は、帰国(2024〜)してからの土岐市の生活となる。
SNSでは ”過去と今” を投稿しているのですが、過去についてはウブドが中心になっている。
ウブドの記憶は、年々、色あせてしまうから、鮮明なうちに発信してしまえというわけです。
なので、もうしばらくお付き合い願いたい。
そのウブドの発信が、どうも ”昔は良かった” 的な内容が多いのではないかと気がついた。
今が良くないと言っているわけではない。
無意識のうちに、自分が好きだったウブドをアピールしてしまっているのだ。
(写真提供:中村政広)
私が愛したウブドは、どんなだったか考えてみた。
村を歩くと、そこに暮らす村人の気配を感じる。
道端で闘鶏を愛でる男衆。
門の階段に腰をおろし、ひなたぼっこしながら白髪を抜き合う婦人たち。
気軽に声をかけてくる村人。
すれ違いに投げかける、顔と眉毛を微妙に動かす独特の挨拶。
家寺の祠の屋根が、塀越しにいくつか見える。
色とりどりの南国の花が咲く、塀前の狭い庭。
雨が降ればワンティラン(集会場)の軒下で雨宿り、川となった道を流れるヤシの実などを見て、何時間も止むのを待つ。
畦道の散策は、時として、べべ(あひる)のコミカルな行列や、田おこしに群がるココカン(しらさぎ)の行動に遭遇する。
停電になると使われる、灯油ランプとケロインランプの灯り。
指先で食べる食事や手桶水洗のトイレなど、カルチャーショックの数々。
まだまだあったが、今、思い浮かばない。
こうして並べあげると、私が愛したウブドは私の原風景だったのかも。
心地よい思い出と繋がったのだ。
滞在始めた90年代、知り合った旅人は同感の人が多かった。
年々、これらを感じられなくなってきた。
色とりどりの花が咲いていた、塀前の小さな庭が姿を消した。
塀は貸店舗で隠れ、面影を残すのは屋敷門だけとなった。
ホテルやレストランが建ち、田んぼの風景は見られなくなった。
ウブドの魅力は、年々変わる。
今、どう変わったか考えてみたい。
極楽通信・UBUD」36「メッキされるウブド」https://informationcenter-apa.com/gt_plating.html


もうバリは私も行くことはないと思います。伊藤さんにウブドでお会いしたかったです。