2023年07月01日

「バリ・アート・フェスティバル(Bali Arts Festival)」が始まっている(508)

バリ・アート・フェスティバル、インドネシア語では「ペスタ・クスニアン・バリ(Pesta Kesenian Bali)」と呼ばれている。

その頭文字を取って「P・K・B(ペー・カー・ベー)」が通称。

バリ島あげての、芸術のお祭りだ。

インドネシアでもっとも古いアート・フェスティバルだと言われている。

コンセプトは、文化的価値を保存し促進すること。


1979年の第一回を皮切りに毎年開催されている。

コロナ禍で、2020年の第42回は、中止となった。

2021年の第43回は、ユーチューブ配信のみで行われた。

2022年の第44回は、アートセンターでの一部公演とユーチューブ配信で開催された。

今年で第45回。

例年、インドネシア各地の芸能や海外からのグループの参加があったが、本年はコロナ禍の余波なのか、バリ島以外の参加が少ないが残念だ。

■開催期間:6月18日から7月16日までの約1ヶ月間。

6月の第3土曜日から7月の第3土曜日までだったのが、いつの間にか日曜日から日曜日に変わっていた。

■会場:アートセンター(州都デンパサール)

■入場料:無料(駐車料金バイクRp5,000-)


アートセンター内には大小様々な公演会場があり、朝から夜まで毎日公演が行われている。

インドネシアの学校の夏休み期間と重なっているためか、家族連れで訪れる人が多い。

舞台だけでなく、インドネシア各地のさまざまな工芸品や絵画などの展示コーナーがあり、食べ物や生活雑貨のワルンが軒を連ねるテント棟やローカル・グルメが堪能できる食堂街はお祭り気分で、観光客も気軽に楽しめる。

芸能はもちろん素晴らしいが、私は、屋台街の見学も推薦したい。

お子様に人気の遊園地もあるよ。

案内地図に載っていませんが、会場に来れば一目瞭然なので心配はいりません。


食べ物ワルンは、串関係が目立った
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年々、ギャンブルのコーナーが増えている
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来年の「P・K・B(ペー・カー・ベー)第46回」の会場が、クルンクン県に移るとの情報があるようですが、まだ決まったわけではないようです。

現在のアートセンターは、駐車場が手狭なので、移設は良案だと思います。


バリ・アート・フェスティバル(PKB 第45回)を徘徊!



*アパ?情報センターでは「バリ・アート・フェスティバル」見学ツアーを企画しております。

ご希望があれば、いつでも遂行できます。

料金:Rp300,000-(一名様)・遂行人員2名以上

■詳細お問い合わせは:+62 851-0800-1110(ワヤン・スタモ)
posted by ito-san at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月24日

絶景の沐浴(ムルカット=Melukat)場を発見の巻!(507)

何を思いついたのか、ちょっと遠出して、沐浴(ムルカット)場を探す旅に出た。

*ムルカット:https://informationcenter-apa.com/kb_melukat.html

以前、知人に見せていただいた動画に、心を惹かれる寺院の沐浴場が写っていた。

寺院に名前は「ムングニング(Mengening)」。

どうしても、行ってみたいと寺院名を頼りに、グーグルマップで検索。

沐浴場として有名なティルタウンプル寺院近くにあった。

ティルタウンプル寺院のあるタンパクシリン村は、2012年ユネスコ世界遺産に指定された地域にある。

ムングニング寺院もユネスコ世界遺産の一つになる。

8世紀に建立されたと思われるチャンディ(Candi)が祀られている。

かなり以前に、興味を惹かれた寺院だった。


ティルタウンプル寺院のムルカットは、バリ島で最も有名な場所だが、人気過ぎて長い待ち時間が出るほどの超満員。

超過密の池の中に長時間浸かっているのは、身体に悪影響だろう。

信仰心の厚いバリ人は、やもうえないが、外国人の私は、どうしてもここじゃなくてはいけないという訳ではない。

そんなことで、手軽なムルカット場はないかと考えていたタイミングで入った情報。

友人・大原さんのタイミングもよく、同行してくれることになった。

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撮影時は、次の満月7月3日に行われる寺院祭礼の準備中だった。

ムングニング寺院のオダランは、バリ独特の暦の一つ「サカ暦」に則って行われる。

*サカ暦:https://informationcenter-apa.com/kb_saka.html

下宿に帰って私のオダランリストのSASIHカレンダーを見ると、載っていました。

第2番目の月・Sasih Kasaの満月(Purnama)から始まるオダラン。

西暦の7月頃で、一年でもっとも寒い時期で、火葬儀礼を執り行うに良い月と言われている。


看板
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割れ門
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寺院の全景:チャンディがひときわ立派
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湧き水名の表示板
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寺院から見下ろした境内は、箱庭のように美しかった
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ムルカットのお祈り場
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ムルカットの湧き水
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今回は下調べが目的だったので、沐浴はしませんでした。

次回は、必ず沐浴に挑戦します。


動画でご覧ください!

カメラの画面が、ジャストで捉えていなかったですね。


『ムングニング(Mengening)寺院』

■営業時間:午前10:00から午後5:00

■入場料金:ツーリストRp30,000-、キタス保持者(&ローカル大人) Rp20,000-、子供 Rp10,000-。

■アパ?情報センター:ムルカット・ツアーをご利用できます。

■詳細お問い合わせは:+62 851-0800-1110(ワヤン・スタモ)
posted by ito-san at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月14日

リピーターさんが宿泊するホームステイ「プラサンティ」を訪ねて!(506)

ツイッターで知り合ったリピーターさんが、ペネスタナン村のホームステイ「プラサンティ」に泊まることになった。

プラサンティは、仲良しさんが経営していて、協力できることはないかと気にかけているホームステイ。

リピーターさんが宿泊するのを機会に、訪問がてら取材することにした。


ペネスタナン村は、ヤング・アーティスト・スタイルのバリ絵画の村として有名で、今でも村内を歩くと身近に見ることができる。

2023年4月4日に撮影した動画です。

リピーターさんもこれを見て、私に会ってみようと思ったようです。




プラサンティは、ペネスタナン村メイン道路の南側に並行してある行止りの小道の道沿いにある。

村の中心にある集会場内には、バデ、プトゥラガンなどの火葬儀礼用品でいっぱいだった。

近々、お坊さんの火葬儀礼が行われるようで、村人が通りに溢れ混雑していた。

集会場の前が、お坊さんの屋敷のようだ。


集会場横にバイクを停め、動画を撮り始める。

横道をまっすぐ行けば、 畦道を通ってビーガン料理の「Moksa Ubud」に行ける。

右折して細い道を進む。

撮影は順調。

プラサンティの門を見上げ、いよいよ屋敷内に入る。

久しぶりの訪問。

リピーターさんと握手で対面した後、プラサンティのオーナーを突然の訪問で驚かせる計画だ。

ここからが本番という気分になる。

訪れたのはいいが、どうも女将と話が通じない。

日本人は泊まっているのだが、私が会おうとしている人は、いないようだ。

どうやら日にちを間違えて、1日前に来てしまったようだ。

サプライズにならず、一気にテンションが暴落。

その時の動画がこちら。

本来なら、YouTubeで紹介する予定でしたが、動画がアップするほどの内容になっていないので、ブログで使わせていただきました。




5月31日

再挑戦は、再訪中の友人母子を伴っての訪問。

リピーターさんがバイク事故の後遺症で、歩くのが困難のようでしたので、二階の彼女の部屋を訪問。

感激の対面動画が撮れなかったのが残念でした。

日本人のイブイブたちは、すぐに打ち解けて、話は盛り上がっていました。

私はいつも間にか、蚊帳の外!

取り直し動画はこちら。



宿泊している部屋を拝見させていただきました。
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窓が多くて、明るいのがいいですね!
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部屋は清潔で広い!
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奥の二階部屋は、テラスからの眺めが素晴らしい!
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イブイブ=リピーターさん&宿の女将&再訪中の友人母
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posted by ito-san at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月03日

パサール・サヤンのセンゴール(夜市)ツアーは「アパ?情報センター」で(505)

何度もユーチューブで紹介している「 パサール・サヤンのセンゴール」。

パサール・サヤンは、ウブドの「サレン王宮」から約4キロほど西方に位置します。

バトゥブラン村とパヤンガン村を繋ぐ幹線道路沿いで、サヤン通りとトゥボンカン通りが逆Y字で交わる地点にある。

正確には、シンドゥ(Sindhu)村に位置するようなのでパサール・シンドゥと呼ぶのが正しいのだが、サヌール地区のパサール・シンドゥが有名なので間違える可能性が高い。

私は、サヤン村(Desa Sayan)地区にあるパサールとして「パサール・サヤン」と呼ぶことにした。

サヤン村は、ウブド郡にある8つのデサ(Desa)のひとつ。

アユン川渓谷沿いの高級ホテルが点在する地域を指す。

ラフティングの終着地点であり、観光客には知名度がある。

「A HOUSE IN BALI」の著者コリン・マックフィーが滞在した村として知られている。

日本語訳「熱帯の旅人・バリ島音楽紀行」訳者・大竹昭子で読んで、ウブドの芸能に興味を抱いたのを記憶している。

グーグルマップ「Sayan Night Market」でお調べください。

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センゴールは、東南アジアの雰囲気が漂っているところ。

パサール・サヤンのセンゴールでは、外国人ツーリストの姿をチラホラと見かける。

友人、知人を連れて行くと、必ず喜んでくれる場所。

あなたは、どんな感想を受けるでしょうか?

コメントしていただけると嬉しいです。

今回のブログは、ユーチューブ動画で構成しました。

お楽しみください!



サヤン村センゴールの写真集


サヤン村センゴール


◼︎パサール・サヤンのセンゴールツアーは「アパ?情報センター」で企画しています。
連絡先:アパ?情報センター・ワヤン君:ID+62 85108001110


付録*今は無き「ウブドのセンゴール」
https://informationcenter-apa.com/gt_senggol.html

付録*これも今は無き「ギャニアールのセンゴール」

posted by ito-san at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月25日

ダラム寺院ビユーの珈琲専門店 @ Jaya Coffee Roasters(504)

5月12日、よく晴れた日曜日。

毎日が日曜日の旅行者の私には、日曜日は特別の日ではない。

久しぶりの晴天だから外出しようと思うのだが、ウブド中心部への道路は混んでいることが予想できる。

自動車渋滞を避けたいので、愛スクター・スクーピーの方角を郊外に向けた。

この頃、お気に入りの村・ニュークニン村の対岸のシンガクルタ村ジュクパク集落(Singakerta Banjar Jukutpaku)に行こう。

先日見つけて、気になっているカフェに立ち寄ることにした。

セメント仕上げのグレーの壁と黒に塗られた窓枠と什器が、田舎の村には不釣り合いだなと感じたカフェ。

軒を連ねたワルンとは異質で、通りすがりの人には目に止まるだろう。

近年、ウブド近郊で流行りのデザイン。

日本で店舗デザイナーだった私は、こんなことに気を止める。

店の名前は「Jaya Coffee Roasters」。

店前にあるシンガクルタ村ダラム寺院がランドマーク的役割をして、場所を説明するのに格好の目印となる。

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以前は、ホテル・スアルティの西隣、現在レストラン・Cilantro Ubudのあるところで営業していたと聞いた。

オーナーは、ブレレン出身。

モダンな店内
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コーヒー専門店なので、食事メニューがないんですよ。

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コーヒーカップに油が付着すると味が落ちる信じているコーヒー愛好家の私には、メニューに油を使用する料理がないと安心する。

アイスコーヒーは日本人好みの飲み物なので、メニューにはICE JAPANESEと書かれている。

世界中がエスプレッソ・マシンに征圧されていて、ドリップでサービスしてくれる店を探すのが一苦労。

エスプレッソは邪道だと信じている私は、ドリップ派。

この店では、ドリップコーヒーをV60と呼ぶようです。

V60は、円錐形ドリッパーのVの字、角度60°であることから付いたとさ。

メニューの呼び名も、世の中の変動と共に変わっていくようですね。


コーヒーは、インドネシア産の5種類ありました。

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アチェ(GAYO TAKENGON)
イジェン(JAVA IJEN RAUNG)
バリ(BALI KINTAMANI)
トラジャ(TORAJA PULU PULU)
フローレス(FLORES BAJAWA)

2022年11月15日と16日にバリ島で開催されたG20サミットの代表団へのお土産として、当店のコーヒーが配られたそうです。


この日は、行ってみたい地域のイジェン産を頼んでみた。

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私には、うまく説明ができませんが、好きな味でした。


岡本太郎の芸術は爆発だ!を読みながらコーヒーブレイク

posted by ito-san at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月12日

バリ島に、こんなにサテ(串焼き)の種類があったの!(503)

タニシっていったい何?という方もいると思いますので、ちょっと説明を。

腹足綱原始紐舌目タニシ科 Viviparidae に分類される ”巻貝” の総称で、南米と南極大陸を除く各大陸とその周辺地域の淡水に生息し、雌雄異体の卵胎生である、とグーグルさんは教えてくれた。

この説明を見ても、すんなりとは記憶できませんよね。

外見的には、タニシは巻貝が尖っている三角錐で、カタツムリの場合は山が低いと認識している。

カタツムリは2対の触覚があり、長い方の先端に目がある。

タニシは1対触覚で根元の方に目があり、身体を収めるために殻口をぴったりと塞げる蓋を持つ。

多種あるので一概には言えないようです。


バリの稲作は、およそ5ヶ月に一度の収穫があり、田植えの時期は灌漑用水の都合で地域によって異なる。

一年中どこかで田植え&稲刈りの風景が見られるが、毎年同じ時期ではない。

田おこしが終わり、水が引かれた深夜の田んぼ。

月明かりの無い夜、ケロシンランプの灯りが数カ所で左右に揺れ、幻想的な風景が映し出される。

バリの風物詩でもある。

農薬が使われていないからだろう、田んぼ(リンドゥン)に、タニシ、田うなぎ、かえるが棲息する。

田んぼの恵みは、ありがたく食卓に上がる。

ゴメンなさい、バリ人宅には食卓がないので、この言葉は不適切でした。

とにかく、有り難くいただくのであった。


友人のオカちゃんは、リンドゥン掴みが得意で、度々居酒屋・影武者のスタッフのコップリン君を従えて、チャリ・リンドゥンに行く。

ランプを手に、腰に竹かごをぶら下げて、もう一方の手にはリンドゥンを掴むための箸を持って。

ケロシンランプの灯りに誘われてリンドゥンが顔を出す。

竹の箸で摘まんで捕まえる。

リンドゥンは、15センチほどのドジョウだ。

リンドゥン以外に、タニシも採れる。

オカちゃんは、これらをメニューに入れろという。

リンドゥンは、生きたままプライパンの油の中に入れるので、とぐろを巻いた姿で出来上がる。

コリコリと美味しいのだが、口を開けた断末魔の表情に、女性に人気がなかった。

私的には好みだったが。早々にメニューから外した。

友人が来ウブドした時に、スペシャルとして振る舞った。

インドネシアには、サテと呼ばれる伝統的な串焼き料理がある。

タニシは、サテ・カックール(タニシの串焼き)として提供した。

つぶの小さいカックールは、串に刺すのが大変のようだった。

珍味として人気があったが、いつの間にかオカちゃんがチャリ・リンドゥンを止めていた。

あれから、何年食べていないだろう。

おそらく、20数年にはなるだろう。


サテ・カックールのワルンがあることを、友人から聞いた。

頻繁に通る道沿にあるのに、今まで気がつかなかった。

現在、ウブドでサテ・カックールが食べられる店は少ないと思う。

ニュークニン村から西、トゥボンカンの十字路を南に30メートルほど行った右手(西)側にある一戸建てのワルン。

ちょっと暗めの外観なので、気がつかなかったのかもしれない。

夜になるとローカルで混んでいるそうだ。

サテ・カンビン&サテ・アヤムのような甘いピーナッツソースはかかっていない。

私には、ちょっと辛いソースだったかな。

久しぶりに食べたサテ・カックールは、こんな味だったかと確認しながら食べた。

美味しかった。

相変わらず料理のレポートができないので、食事風景をご覧ください。

◼︎タニシ(カックール=Kakul)のサテ(Sate)を食べに!@Tebongkang



5月12日:再訪の報告

「何ソースで食べるんですか?」のツイートがあったので確認です。
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説明はできませんが、辛かったです。

そして、カックールは硬かった。

歯茎が弱ってきている私には、食べられるのは今回で最後かも。

若バナナの幹とカックールのスープも試してみました。
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おいしかったです。

カックールのピザがあるとの情報でしたが、残念なことにありませんでした。

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(PAKET)サテ・カックール・セットRp30,000-・飲み物別



その他のサテも紹介しよう。

◼︎サテ・アヤム(鶏肉の串焼き)
スグリオ通りのサテ・アヤム「 AAN」


◼︎サテ・イカン(魚のつくねの串焼き)
今はなきワルン・マデロイさんの店(Warung Made Roy)。
現在は、息子さんが継いでいる。


◼︎サテ・バビ(豚肉の串焼き)
タティアピ・ぺジェン村寺院祭礼での屋台。
基本、屋台でしか見たことがない。
https://youtube.com/shorts/0y0PZ344CwM

◼︎サテ・カンビン(ヤギ肉の串焼き)
アンカサのコテツちゃん撮影。
奥さんのカデちゃんも写っている懐かしい動画です。


◼︎サテ・ クリンチ(ウサギの串焼き)
スゥエタ通りを北上したサクティ村にあった「ワルン・サテ・クリンチ」。
入り口に設置されたウサギ小屋を見て、食欲がなくなったのを思い出す。
現在、このワルンは営業していない。

◼︎サテ・プニュー(ウミガメの串焼き)
ウミガメは、ワシントン条約で捕獲禁止の爬虫類ですが、トゥブサヨ村ダラム・プリ寺院前や各地の寺院祭礼に露天が出ていた。
現在では、見られない。

◼︎サテ・アンジン(犬肉の串焼き)
デンパサールには、あるらしい。
犬に吠えられている人を見て、ウブド人が教えてくれた。
「あの人は、犬肉を食べているから吠えられんだよ!」と。

◼︎この他、珍しいのは・・・
水トカゲ、カタツムリ、トンボ、トッケイのサテがあるが、これは食料の少なかった時代の話か、嗜好的家庭料理として存在しているのかもしれない。
posted by ito-san at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月06日

「MIXUE の ICE CREAM & TEA」の店舗展開の勢いが凄い!(502)

安くて美味しいソフトクリームの店「MIXUE(ミクエ)」が、バリ島内のあちこちでオープンしているとの風聞が届いた。

あなたの耳にも届いていますか?

なんと値段が、Rp8,000-と安いのだそうですね。

ソフトクリームに目がない私は、耳がダンボになっちゃいましたよ。

最近、「耳をダンボ」は使わないか。

とにかく、興味を惹かれたのです。

ウブドで、ソフトクリームが食べられるところはない(と思う)。

食べたい時は、デンパサールのバイパス沿いにあるマクドナルドまで、出かけなくてはいけない。

デンパサールに出かける機会が年に一度のイミグレーションしかない私は、友人の空港送迎の途中で立ち寄るのが楽しみになっている。

コロナ以前から、ソフトクリーム同好者友人の来バリが滞っているので、この貴重なチャンスも只今お預け状態。


MIXUEのことを少し説明しておく。

1997年創業の中国発ICE CREAM & TEAの店。

中国、東南アジアで爆発的な成長を遂げていて、インドネシアでは、2020年にバンドンへ上陸。

その後、各地に広まっている。

バリは何年頃からだろうか?

ウブド近郊は、2022年後半から続々と出店。

*Rocket News 24(https://rocketnews24.com/2023/01/17/1748629/)を参考にしました。


ソフトクリームに飢えてる私が、噂を聞いたのは昨年8月のこと。

フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアで、友人が紹介していた。

白と赤を基調に、前面ガラスで店内を見通せる店舗は、明るくて清潔な感じがする。

ターゲットは、女性と子供なんだろう。

低価格ということで、行列ができるほどの人気。

メニューも豊富で、きっと美味しさもにも満足しているのだろう。


2022年8月13日

ウブドからもっとも近い「MIXUE」は、ギャニアール店。
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「食べたいね!」と呟いたら「KAZUMI Ra-men」のオーナー・ケンちゃんが調べてくれた。

バニラ味とストロベリー味もあるらしい。

さっそく行ってみたが、写真のように待ち人多しで、あきらめて帰ってきた。

食べることにこだわらない私は、待ってまで食べる気はしない。


2022年09月20日

ギャニアールまで遠征したが、食べてこなかった。

ソフトクリームがインプットされた頭には、フローズン・ヨーグルトも同類に入ってしまう。

前々から気になっていた、ピンク色の店に入る。

■フローズン・ヨーグルトの店「クール・モンキー=Cool Monkey」(455)
https://itosan-ubud.seesaa.net/article/491661580.html


2022年12月30日

スカワティ村公設市場の近くにオープンした。
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MIXUEを知ってから、すでに4ヶ月が経っている。

女性と子供向けの店舗に抵抗があるのか、ひとりで入店する度胸がない。


2023年1月9日

プリアタン大通りにもオープン。
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ここが私の下宿から一番近い。

何度か前を通り過ぎたが、女性のグループ、若い男女のカップル、母娘連れで、いつも混んでる。

老人が一人で入るには、勇気がいる。


2023年4月28日

シンガカルタのトゥボンカン(tebongkang)に、オープン。
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店内に客は、まばら。

待ち時間がなさそうなので、勇気を出して入店してみた。

MIXUEのソフトクリームをラブコールしてから、なんと8ヶ月が経過している。

嬉しいことに、サービスカウンターには父娘ずれだけ。

メニューアンドンには、アイスクリームRp8.000-以外に数種類の飲み物が掲示してあった。

もちろん脇目も触れずに、アイスクリームを指差す。

MIXUEのアイスクリームは、ソフトクリームだと思い込んでいる私。

オリューム満点のソフトクリームを受け取った。

デカイ。

エアコンの前だったからか、ソフトクリームが溶け始める。

リュックから、日本手拭いを取り出して巻きつける。

一口なめる。

初体験の感想は「美味しい!」であった。

でも、何かが違うゾ。

もしかすると、これはソフトクリームじゃなくアイスクリームかもしれない。

そうか、メニューの表示は正しかったのか。

思い込んだら一途な私は、こんな思い違いをよくします。

ウブドでソフトクリームは、いつ食べられるのかな〜?



もう下火だという声も聞くが、現状は模倣店も出るほどの繁盛している。


◾️ソフトクリームとアイスクリームの違い(日世)
原料の配合や作り方も違います。
大きな違いはこの製品温度にあります。
アイスクリームは-18℃、ソフトクリームは-5〜-7℃でちょうどよい味にしています。
アイスクリームは製造後、やわらかいクリーム状のまま容器に詰め、‐30℃以下で急速冷凍されます。
運搬や保管時の温度は-25〜-30℃、販売時には-18℃以下で売られています。

◾️ソフトクリーム(Soft cream)は和製英語。(Google検索 Wikipedia)
英語では"soft serve ice cream"及びこれを略して"soft serve"または"soft ice"などと言う。
牛乳などを主原料として作られた柔らかい食感の食べ物。
コーンカップ(アイスクリーム・コーン)の上に入れて食べることが多い。

◾️製法(Google検索 Wikipedia)
基本的な原材料はアイスクリームとほぼ同一であるが、ソフトクリームの場合は調合した液体原料を、ソフトクリームフリーザーと呼ばれる専用の機械に直接投入し、機械の中で高速攪拌しながら冷凍させて原料の中に空気を注入させていき、一定の軟らかさが得られたところで原料を機械から取り出す。
一般的には回転している機械の中からレバー操作で搾り出すものが多い。
posted by ito-san at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月29日

ウブドを訪れていた坂本龍一氏の写真を求めて!@Oka Kartini Bungalow(501)

2023年3月28日:坂本龍一氏死去の訃報が報道された。

世界中の坂本龍一ファンは、ショックを隠しきれないでいる。

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画像が著作権保護されている場合は、消去します。


坂本龍一ファンの日本人友人からメッセージがあった。

「オカ・カルティニ・バンガローにあった教授のスナップを、もう一度見てみたいです!」

ホテルのフロントの壁に、教授の写真が飾ってあったと言う。

ファンの方達は、坂本龍一氏のことを教授と読んでいるようだ。

私も、このブログでは教授と呼ぶことにする。

オカ・カルティニは、トゥブサヨ村ウブド大通り沿いにある老舗ホテル。

教授が宿泊したのは、1982年頃のこと。

1983年公開の映画『戦場のメリークリスマス』の音楽制作のために訪問している。

現在はホテルだが、教授が宿泊した頃はバンガローと言われていたと思う。


『戦場のメリークリスマス』




2023年4月8日

もしかすると、当時の写真が見られるかもしれないと、突撃取材することにした。

楽しみのフロントの壁はあとでゆっくり鑑賞するとして、まずは「Studio22k」「ギャラリー」を見学。

次は、ワヤンクリット(影絵芝居)の上演会場だ、と表に出る。

目の前で、私に手を振る女性がいる。

オーナーのオカ・カルティニさんだ。

お顔は、存じ上げている。

ワヤンクリット会場見学は諦めて、フロントに立っている彼女に近づく。

英語の挨拶で、握手で迎えてくれる。

教授が亡くなったことを告げると、彼女は驚いていた。

教授の写真が壁に飾ってあったとの情報を知り、見に来たことを伝える。

「坂本氏と私が握手をしている写真は、持ってますよ」と言う。

「今度、用意しておくので、またいらっしゃい!」と嬉しいお誘い。

写真を見せてもらう約束をして、家路に着いた。

ワヤンクリットの上演会場を見るのを忘れている。

坂本氏が宿泊した部屋とワヤンクリット会場は、次回ということで。

ウブドを訪れていた坂本龍一氏の写真を求めて!@Oka Kartini Hotel




2023年4月15日

1週間後に再訪した。

残念なことに、カルティニさんは在宅していなかった。

連絡をもらえるように、フロントの青年に電話番号を伝えた。

何とフロントで働いていた青年は、プンゴセカン村のコンピアン君の次男だった。



2023年4月25日

「坂本龍一さんの写真を用意してあるので、いらっしゃい!」

カルティニさんからWA(WhatsApp)に、メールが入っていた。

もう連絡はないかなと、諦めていたので嬉しかった。

いそいそと出かけていったが、「いらっしゃい」というわりには、彼女はいなかっt。

マネージャーが迎えてくれて、彼女は体調を崩して部屋で休息しているという。

額縁に入った写真を、マネージャーが見せてくれた。

1982年頃の写真は、さすがに色あせていた。

若かりし頃のオカ・カルティニ嬢とのツーショット。

教授は、口元に面影があった。

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友人が見た写真は、これではなかったと言う。

当時のバンガローのドライバースタッフとのツーショットだったとか。

自慢げに見せてくれたから、本人が持って行ってしまったのかもしれないとも話してくれた。

41年前のドライバーを探せるかな?


お宝拝見!(坂本龍一氏とオカ・カルティニ嬢のツーショット)



教授が宿泊した部屋は、改築されていた。
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この部屋に纏わる、都市伝説のような話を聞いたことがある。

現在は部屋は、家族が利用していて、旅行者が宿泊することはできない。

テラスの柱の根元は、古くからの石がそのまま使われている。
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ワヤンクリット会場
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おまけの動画『追悼・坂本龍一 / CAFE LOTUS (1985) 未発売曲 / RIP Ryuichi Sakamoto』

彫刻の村セバツは、Sebatuのことですよね。
撮影現場が知りたいです!
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2023年04月25日

オリンピックは、もう開催しないでください!(500)

今年5月、インドネシアで、FIFA(国際サッカー連盟)「第23回U-20ワールドカップ」が開幕されるはずだった。

はずであったと過去形で言うのは、問題があってキャンセルになったからだ。

2021年にインドネシアで開催予定だった「第23回U-20ワールドカップ」は、コロナ禍で中止となっている。

2023年にずれ込んでの開催。

U-20は、FIFAが主催する20歳以下のナショナルチームによるワールドカップ。

20歳以下と言ってもレベルは高いので、見応えはある。

では、なぜキャンセルになったか?

それは、イスラエルの参加が決定したことに、インドネシアの一部の反イスラエル感情の民衆から抗議の声が上がったから。

FIFAは、この事態を深刻に捉え、インドネシアの開催権を剥奪した。

インドネシアにはプロサッカーリーグがあり、熱狂的なファンで盛り上がりをみせている。

バリのチーム「バリ・ユナイテッド」は一部リーグに所属し、2019年に優勝している。

バリでも、何試合かは開催されただろう。

キャンセルになり、サッカーファンの友人が残念がっていた。

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新たな開催国は、アルゼンチン(5月20日〜6月11日)に決まった。

インドネシアのチームは、参加できないと聞いている。

Bali・BALI UNITED・SEPAKBOLA @ Ubud(撮影:2017年11月12日)




インドネシアのU-20ワールドカップが中止になったニュースと、時を同じくして、

2030年冬季オリンピック・パラリンピックの札幌誘致に、札幌市民の反対の声が高まり見送りになる可能性が高いとのニュースがあった。

そりゃそうだろう、2022年に開催した「2020年東京オリンピック」は、汚職まみれで、いまだに明らかにされていないのだ。

他の国の国民はどう考えているかわからないが、少なくとも日本国民の多くは、もうオリンピック関連のニュースには嫌悪感しかないだろう。

回を重ねるごとの、悪の温床は拡大し、組織だってきている。

今回の東京オリンピックは、主催者協会ぐるみの利権による搾取だ。

お金儲けの思惑が蔓延して気分が悪い。

問題が解決していないのに、札幌冬季オリンピックですか?

それは、考えられないでしょう!

オリンピックは、もう必要ないのじゃないですか?

あなたは、どう思いますか?


今のスポーツは、ほとんどがプロ化している。

オリンピックも、アマチアスポーツの祭典といいながらプロ集団の祭典だ。

オリンピック憲章には、「スポーツを通じて平和な世界の実現に寄与することと目標をさだめ、勝敗ではなく、ルールを遵守し正々堂々と全力を尽くす平和の祭典」とある。

純粋にそう信じて時代もあった。

果たして、現在のオリンピックもそうだろうか?

わたしには、そうは思えない。

言いたいことは山ほどあるが、私の結論は、個々のスポーツは、そてぞれでワールドカップを開催すればいいのではないということ。

侍ジャパンが優勝した、野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、感動の連続だった。

サッカーのワールドカップ同様に、テニス&ゴルフのように、ほかのスポーツにも世界大会はある。

個々のスポーツがスポンサーをつけて、ワールドカップを開催すればいい。

オリンピックのように、一同に会する必要はない。

極論かな。

今回は、常々思っていたことを呟いてみました。

反論はあると思いますが、受付ていませんのでご理解を!
posted by ito-san at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月18日

ナシ・チャンプールの老舗店「Warung Makan Teges」@UBUD(499)

90年代のウブドに、美味しいナシ・チャンプールが評判だった、三大人気ワルンがある。

「ワルン・カチュ」と「ナシ・アヤム・クデワタン」と「ワルン・トゥグス」だ。

日本もそうだが、運転手の立ち寄るワルンは美味しいと聞く。

この三軒も、観光ツアーの運転手が立ち寄るワルンとして知られていた。


デヴィ・シータ通りにあった、今は無き「ワルン・カチュ」。

アパ?情報センター主催のスアールアグン歌舞団ジェゴグ・ツアーの弁当(ナシ・ブンクス)は、ここで調達していた。

1994年から2004年までの10年間、お世話になったと思う。

味は、現在アンドン地域にあるワルン・チャンドラに受け継げられている。

わけは教えられません。

最後尾に、ワルン・チャンドラの動画を貼ってあります。


「ナシ・アヤム・クデワタン」は、ウブド西方約5キロ地点のクデワタン村にある。

クデワタンにあるからナシ・アヤム・クデワタン。

ちょっと場所が遠いのと、味が辛いので、食べている頻度は少ない。

ウブドに滞在を始めた1990年5月から「居酒屋・影武者」を開店する1991年7月10日まで、夕食は主にウブド市場のセンゴール(夜市)だった。

「居酒屋・影武者」開店後は、ワルンでの外食は減る。


そして、今回紹介する「ワルン・トゥグス」です。

場所はウブドの東、プリアタン村の南端の集落。

こちらもトゥグス村にあるからワルン・トゥグス。

トゥグス・カワン集落のT字路を、マス村に向かって南下して100メートルほどの右手の集落の一番端。

隣には、田んぼが広がっていた。

現在は、建物が続いていて見逃してしまった。

正面にあるバイクのサービスショップは、古くからあった。
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突き出し看板を見ると、なんと創業1963年とある。
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ひょっとすると、ウブドで一番古いワルンかもしれませんね。

テント看板には、集落名は「Br.Yangloni」とある。
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こんな名前の集落が、トゥグス村にあるとは知らなかった。


およそ25年ぶりの訪問か?

ワルンの造作は、まったく変わっていない。

女将の顔も懐かしい!

勝手知ったる他人の店。

ナシチャンプールをオーダーして、屋敷の奥に入っていく。

ここは、屋敷内に客席があるワルンの走りかもしれない。

というより、私が知らなかっただけで、これがウブドでは普通だったのかもしれない。

コロナ禍をどう乗り切ったか、気になるところ。

ローカル相手で、持ちこたえたのだろうか。

繁盛しているからか、屋敷棟は豪華になっていた。

南棟のテラスは座敷、バレ・ダギン(儀礼棟)と西棟はテーブル席。

座席数が増えている。


私は儀礼棟に席を確保した。

昔ながらの、汁が少しかかったナシチャンプール。
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味も懐かしい!

ちょっと辛かったのを思い出す。

ナシ・チャンプール+テ・パナス(温紅茶)=Rp35,000-

60年間守り続けた老舗の味を、あなたもお試しください。


店舗の左手にある屋敷門
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屋敷門から入ると、こんな景色
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編集で音声が大きくできました。



「ワルン・チャンドリ」

posted by ito-san at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする